ひとなぐりこけし

完全な球体と屋根の上に降り積もる女の子のやわらかい死体

超準チューリングマシンによる量子マシンのシミュレート

これは Math Advent Calendar 2017 12月12日の記事です。

 

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かなり雑なのでちょくちょく修正します。申し訳ない。

なぜサークルクラッシュ同好会はかくもつまらなくなったのか

 この記事はサークルクラッシュ同好会アドベントカレンダー2017の12日目の記事である。

 

 

 感情、人間関係、社会、その他お前たちがやっているぬいぐるみ遊びではないあらゆる行為、そういったものでお前が終わっていくのを見るのも、苦しんでいるのを見るのも、そろそろやめにしたい。お前たちが大人になっても、あるいはすでに大人であったことを自覚したとしても、僕は、僕だけはただひとり、ぬいぐるみ遊びだけを続けることだろう。お前たちは大人になればいい。大人には老衰があり、必ずしも病気や事故などのアクシデントに限らない死があり、義務があり、子供に毛の生えたような権利を守るために強いられる努力があり、想像力(って何?)の要請がある。そんなくだらないものはすべて、ここで断ち切ろうじゃないか。

 

 

 僕はサークルクラッシュ同好会の会員だったらしい。どこかで入会の意思を表明したわけではないが、「サークルクラッシュ同好会のLINEグループにグロ画像を連投したい」とツイートしたところ、悪ふざけでLINEグループに追加された。それで入会が成立したとのことだ。それからはなんとなく例会に参加するようになり、会員の中でも比較的活動していた(つもりである)。会誌『Circle Crash Lovers Association vol.6』にも「弱者支援の二つのドグマ 序説」という文章を寄稿した。しかし僕は先月、やむを得ずサークルクラッシュ同好会関連のLINEグループすべてを抜け、サークルクラッシュ同好会初代会長であるホリィ・セン(@holysen)のツイッターアカウントをブロックすることとなった(いろいろと不便なので現在は解除している)。その経緯について書こうと思う。「拗らせ自分語り」とかいうよくわからんテーマは無視するとして、少しだけ僕のことについて書いておこう。

 僕はADHDで、自閉症スペクトラムで、鬱病である。2週間に一度カウンセリングを受け、コンサータを処方される。それに加え、輸入したサプリメントを何種類か服用している。つまり、よくいる障害者だ。幸いリストカットなどの自傷癖はないが、僕とその周辺のツイッターアカウントをフォローしている人間なら夏あたりに「左の男は複素数太郎さんといって、████と自殺しようとした数日後に女と遊んでいるみたいです。人生楽しそうですね~」みたいな顔写真付き正義の告発ツイート*1を目にしたかもしれない。この告発には多分に事実誤認が含まれているので真に受けないでほしい(正義の告発氏が入手した写真は酒とデパスで酩酊させられているときに無理やり撮られたものなので記憶にないし、明らかに楽しそうな顔をしていない)のだが、鬱病に起因する強い希死念慮があることにかんしては事実である。今は数学専攻の修士課程1年目で、卒業後どうするかは決めていない。勝手に指導教官の専門とは関係のない分野を研究しているせいで現在所属している研究室に残ることはできないのだが、就活はひとがこわいので不可能であり、企業で被雇用者として生活していくことに意味を感じることが生来まったくできないし、少し接客業をやった結果脳が一生接客ができない構造に変化してしまい、自分が詰みの状態にあることを家族にも話せていない。これくらいでいいだろう。そろそろ「他人語り」をはじめよう。

 

 さて、サークラ同好会と縁を切ったときのことを書こう。あの日、サークラLINEに目を疑うような投稿があった。そこには、サークラ同好会関東支部がメンヘラ.jpと協力して当事者研究を行っているということ、京都にもその活動を広げたいということ、が書かれていた(ように記憶しているが、今はもう確認することができない)。以前からメンヘラ.jpの有害性をしつこく指摘していた僕は、すぐにサークラ同好会関連のすべてのLINEグループを退会した。僕にとってサークラ同好会は、インターネットで着実に影響力を広げていくメンヘラ.jpに対抗し得る数少ない比較的まともな団体だった。しかし、その期待は見当外れなものだったらしい。

 メンヘラ.jpのどこが有害か簡潔にまとめておこう。「メンヘラ」は今や誰もが知るネットスラングである。原義は「2ちゃんねる*2メンタルヘルス板にいるような人」、すなわちメンヘル(板)-erだ。大まかに境界性パーソナリティ障害あるいは双極性障害の特徴を持つ人間の呼称として使われるという緩い共通性はなくもないが、もはや辞書的に説明できるような意味が存在しないバズワードと化している。「メンヘラ」という語はその原義と使用の曖昧化の過程から、どうしてもスティグマとしての機能を持たざるを得ない。この語が使われるときはほとんどの場合に侮蔑か自虐の意図を含むこととなる。そうでない場合、メンヘラ的アイコンやメンヘラ的行動などにオシャレさを感じて使う、ということも考えられる。実際、はるしにゃんやメンヘラ神ことかすうさ氏らのツイッター上および文学フリマにおける活動はそのような使用を促進した。僕も彼らと近い位置にいた人間のひとりなので、お前もメンヘラのコンテンツ化に貢献しただろうと批判されるかもしれないが、今はそういった活動への参加は控えているので見逃してほしい。僕は反治療文化の立場にいるので、自分の属性を肯定的に捉えることについてはそれが境界性パーソナリティ障害などの精神疾患であっても否定すべきではないと思っている。しかし、この場合は必ずしも「自分の属性」を魅力として捉えているわけではなく、世間の曖昧な「メンヘラ」イメージを自分の近傍10メートル程度の解釈を通してできたキラキラの「テンプレート」を身に纏っているに過ぎないという点で、手放しに称賛すべき自己表現ではないとも言える。それは自己ではない。「メンヘラ」という語の取り扱いには細心の注意が払われなければならない。そんな曖昧なネットスラングである「メンヘラ」で、多様な生きづらさを抱えている人間たちを集めると何が起こるか。個々の特性は上書きされ、生きづらさの本来の原因は覆い隠され、最悪の場合、スティグマとしての「メンヘラ」の問題を自分の問題と同一化してしまうかもしれない。よほどうまくやれば、もしかすると「メンヘラ」という語を使いつつも慎重に個人の問題と向き合うような活動は可能かもしれないが、メンヘラ.jpを運営するわかり手ことオマテキ(お前の敵)こと小山氏は――僕が他者をこんなふうに罵ることはほとんどないが、彼だけはさすがにこう形容するほかないだろう――今から改善するには遅すぎるほど頭が悪い。その程度は僕への「心中しようとした人間に言われたくない。病気を放置するとそういうことをやるからやっぱり治療すべき」「精神疾患のある人間に論理をぶつけると症状が悪化するから良くないな」(消えてしまったので正確には思い出せないが、だいたいこのような内容)という心無い罵倒からも窺い知れる。もうどうしようもないのだ。

 ここまででメンヘラ.jpが抱える有害性の半分を説明した。もう半分は、僕がずっと批判し続けている「治療文化」に関係する。オマテキおよびホリィ・センが治療文化を否定しないことは(前者はツイッターで、後者は直接)確認済みである。治療文化批判の詳細な話はサークラ会誌掲載の「弱者支援の二つのドグマ」を参照してほしい。治療文化の最終目標は障害特性のジェノサイドであり、そのような優生学的思想に基づく“支援”活動には抵抗していかなければならない。にもかかわらず、サークラ同好会関東支部はメンヘラ.jpと結託し、あろうことかその活動を京都にまで持ち込もうとしたのだ。もはやどこにも救いはない。

 ホリィ・センの信じがたい“鈍さ”に失望したことも、サークラ同好会を抜けることになった大きな理由である。メンヘラ.jpと手を組むという時点で相当に感度が鈍っていると判断せざるを得ないが、それでも先述の投稿だけでは退会の決め手にはなっていなかったかもしれない。せっかく会長が変わったのにまだ彼が影響力を持っているのではサークラ同好会も長くは続くまい。サークラ同好会はサクラ荘というシェアハウスを何軒か運営している。以前、サークラ同好会会員が女性専用シェアハウスを作るといってツイッター上で宣伝を行っていた。おそらく「女性」で意図する対象は陰茎の有無で男女を分けたときの「非陰茎所持者」だろう*3。ホリィ・センはなんの疑問も抱かずにそれをリツイートして拡散に協力していた。社会科学系サークルの会長ともあろう者が、共同生活という繊細な問題において慎重であらねばならない女性/男性の区分をこうも乱暴に扱った募集に手を貸すのはいかがなものか。「サークルクラッシャー診断アプリ」という驚くべき企画がホリィ・センの確認を経たうえで通ったことも記憶に新しい。僕はこれを即刻公開中止にすべきだと考えている。「サークルクラッシュ同好会」という団体名からしてかなり危ういのだから、そういうことにはもっと気をつけてほしいものだ。会長の“鈍さ”を垣間見せるような事例の積み重ねが、着実に僕の中のサークラ同好会への失望の芽を育てていったのだ。

 

 僕の見たところ、サークラ同好会にはもうひとつ問題がある。それは性愛中心主義にかんするものだ*4サークラ同好会はその成立からして「性」を扱うサークルである。そこで行われる議論が性愛中心主義からスタートすることはある程度仕方のないことであると言える。しかし、それはあくまでも重心がサークルクラッシュ現象の研究にあった時代の話だ。現在、サークルクラッシュ現象は明らかに団体として取り組んでいる主要テーマではない。少なくとも例会では人間関係の問題全般・個々人の生きづらさについて考える活動のほうが多いように見える。というか、普段の活動で性愛中心主義に基づいた活動をしているところを見たことがない(参加者が結果的に性の話をすることはあるが、必ずしもそうならない十分な自由度が確保されている)。にもかかわらず、NFでの呼び込み・勧誘は「恋愛」をプッシュしたものであったし、会誌は「僕たちに恋人・友人ができない理由」(水上文人)、「喪失」(名称未定のユーレイさん)、「他の男とはセックスしてるクセに俺にはヤらせてくれない女が憎い」(ホリィ・セン)、「サークルクラッシャー診断アプリ」(桐生あんず)と性っぽいコンテンツが多い。中身もかなり危ないものがある。「“メソッド”としてのサークルクラッシュ同好会」(FJ-T)には以下のような記述がある。

誤解・偏見を恐れずに言えば「女の子は彼氏のことで拗らせ、男の子は彼女がいないことで拗らせている」のがサークルクラッシュ同好会なのである。

これは僕の短い在籍期間における実感からは解離している。紙面では「非モテ」という言葉が頻出するにもかかわらず、実際に非モテ言説のやっていきをやっていっているのは一部の会員だ。性愛中心主義の内部で悩んでいるわけではない会員もいる。僕も主に「自閉症」について言ったり書いたりして活動していた。彼ら*5サークラ同好会の「人間関係一般や個々の生きづらさについて考える」という側面に魅かれて入会したのだろう。実際、活動のある部分は彼らにとって有用なものとなり得るような内容だ。一方で、サークラ同好会の根底にあるイデオロギーは依然として性愛中心主義のままだ。それはサークラ同好会の表層しか見ていないからだ、と言われるかもしれないが、ここで最も重要なのは表層である。およそなにかがなにかに影響を与えるとき、最もよく働くのはその表層だ。比較的よく顔を出していた僕からでも、少なくともそのように見える、という点がたいせつなのだ。僕がいちばん恐れているのは、このイデオロギーが本来べつの苦しみを抱えている人間の直面する問題を上書きし、不要な性愛の苦しみを植え付けることになるのではないか、ということである。自閉症鬱病など、あるいは精神疾患でもないなにかべつの要因で生きづらさを抱えている人間に「自分はモテないから苦しいのだ」と思わせてしまいかねない。これはたいへん危険なことだ。

 

 というわけで、僕の中のサークラ同好会への期待はほとんど失われてしまった。僕はこの状態を「つまらない」と呼ぶことにしよう。なぜサークルクラッシュ同好会はかくもつまらなくなったのか。それは、拡大していくサークラ同好会の現状ともはや逃れられないポリティカル・コレクトネスへの責任を認識できないホリィ・センの“鈍さ”、性愛中心主義に基づくたんなるホモソーシャルの再生産から逸脱できない表層のコントロール不全が原因である。

 

 

 このあたりで記事を終えて、13日目の小林通天閣(@kobashowww)に繋ぐ。

*1:今回の話とは関係ないが、正義の告発氏がサークルクラッシュ同好会やその周辺の活動に参加するようになったので大阪・京都に極めて居づらい状況にある。

*2:現5ちゃんねる

*3:しかし、この区分を明記したとしてもまだ問題がある。

*4:こんなくだらないエクスキューズをするのは避けたかったのだが、ちょっと弁明しておこう。ツイッターで僕の様々な醜聞を目にした読者諸氏は、お前が性愛至上主義を批判できる立場なのかと言うかもしれない。しかし、某北大生らが吹聴しているようなスキャンダルはすべてデマであると、ここではっきり宣言しておこう。

*5:彼ら/彼女らという言い方で性別を指定したくないので、「男性」を含意せず「彼ら」で統一する。

弱者支援の二つのドグマ

 ※この記事はサークルクラッシュ同好会会誌『Circle Crash Lovers Association Vol.6』に寄稿した「弱者支援の二つのドグマ 序説」を加筆修正したものである。12月12日時点ではほとんど会誌掲載そのままの状態でアップされているが、満足のいく内容ではないため、ある程度の分量になるまで更新していく。

 

 発達障害、あるいはその他の「治療対象者」――そして精神医学的対象に限らないマイノリティ一般――が抱える問題を解決するための方法論は、一般に特性論(individual characteristics)、適合論(person environment fit)、構築論(constructionism)という三つのそれぞれ異なる指向を持つものに分類することができる*1。問題の原因が個人の特性にあるという前提に基づく対応を特性論的アプローチ、個人の特性と環境の不適合から問題が発生するという前提に基づく対応を適合論的アプローチ、個人の特性を問題視する周囲の認識がそもそも社会構築的なものでしかなく、それらは相対化可能であるという前提に基づく対応を構築論的アプローチという。それぞれについて見ていこう。

 

(1)特性論的アプローチ

あなたが小学校あるいは中学校で或るクラスの担任をしていたとしよう。そこにはひとり非定型発達らしき児童がおり(Aと名付けておこう)、教師や他の生徒らと頻繁にトラブルを起こしている。例えば、Aは授業を受けることができず、授業中に教室中を歩き回らずにはいられないのだ(注意欠如多動性障害)。また、何度注意しても卑猥語や罵倒語を突然口にする(汚言症)。その他にもAは自閉症スペクトラムに起因する困難を多数抱えている。さて、あなたはこのクラスの問題を解決するために、どのような方法を選択するだろうか。多くの人がまず思いつくのは、おそらく特性論に基づく対応である。問題の原因はA自身の特性にあり、Aの特性を変えることによって問題行動を減らす。Aが立ち上がったり汚い言葉を吐いたりしたときには、然るべき指導もしくはトレーニングによってそれをやめさせる。問題解決を迫られたあなたはそう考えるかもしれない。しかし、障害特性を変えるのはそう簡単なことではないし、本人の意思に反して特性を変えることには相当の苦痛が伴う。ADHDの児童に対する「じっとしていること」の要請は、いかにして正当化されるのだろうか。

 

(2)適合論的アプローチ

 度重なる指導にもかかわらず、やはりAにかんするトラブルがなくなることはなかった。Aの特性を変えることは難しそうだ。であれば、環境を変えてみるのはどうだろうか。トラブルはAと周囲の環境が噛み合わなかったことによって起こっていたのかもしれない。これが適合論に基づく対応である。クラスを再編成する、席順を変える、担任を変える、いっそのことAだけをべつの学級に、もしくは特別支援学級に移動させる、等々。教室や人間関係だけではなく、授業システムを変えることも必要となるだろう。視覚優位の自閉症スペクトラム児にもわかりやすいように図を用いて指示をする、授業プリントをADHDの生徒にも読みやすいようなレイアウトで作成する、といった調子である。しかし、このような環境の調整には限界があり、適合論的アプローチは無制限に行えるものではない。

 

(3)構築論的アプローチ

 そもそも、あなたは「Aの行動のどこが問題なのだろう」と考えたかもしれない。授業中に立ち歩いたからといって他の生徒の学習をそこまで妨げるものでもないだろう。Aは他の児童が使う鉛筆の音に集中を削がれているかもしれない。なぜこの教室でAただひとりの動きだけが問題視されるのか。汚い言葉が出ることのどこが悪いのだろうか。少なくとも私はAの特性にまったく問題を感じない。もしAが少数派であることにトラブルの中心がAであることの根拠を求めるのだとすれば、それはマイノリティ一般の「矯正」を許すことになるだろう。道徳的実在論の立場から、どちらが多数派であるかにかかわらず定言命法的にAのほうを異端視すべきである、と主張することもできる。形而上学的議論は稿を改めて検討するが、私は道徳的実在論を拒否する、ということだけ述べておこう。

 もちろん、A自身がその特性によって卒業後に不利益を被ることも考えられる。未成年であるAの判断能力は充分ではない、ということには多くの人が同意するだろう(この充分性の基準もまた社会構造に依存した作為的なものであることに気をつけなければならない)。よって、判断能力が充分でない者にのみ干渉を認める「弱いパターナリズム」については少なくともその採用が妥当であるように思われる。注意深く見てみると、ここに悪しき循環が潜んでいることがわかる。非定型発達者は治療/支援の対象である、として非定型特性を社会から消し去ることで、発達のスペクトラム上でAの近傍に存在する者はいなくなる。非定型特性のジェノサイドが行われた定型社会において、この先出会うすべての発達障害支援者は「定型社会で生きていけるよう支援する」という方向を向いてAにはたらきかけるだろう。しかし、そもそもAが抱える困難のうちのある部分はこの社会が定型社会であることに依るものであった。つまり、パターナリズムによってパターナリズムが必要な状況が生み出されるのだ。パターナリズムのためのパターナリズム、続く負のスパイラル。その収束点は、非定型特性の絶滅である。これは端的に優生学とまったく同じ思想ではないか。

 Aの特性を担任も同級生も問題視しなければ、彼はより平和に学校生活を過ごすことができたはずだ。であれば、このように視点を変えることができるのではないだろうか。トラブルの原因はAの特性を問題視することそれ自体にあり、担任と同級生の認識さえ変われば問題は解消される。こうした構築論的アプローチは受け入れがたいものかもしれない。しかし、我々は高校における黒髪強制問題というよい例を知っている。

 

 治療文化(therapeutic culture)とは、精神疾患発達障害を正常からはみ出た状態とし、治療(すべき)対象とするようなイデオロギーのこと。すなわち、構築論を棄却し、特性論に依拠する立場である。治療文化に抗する立場を反治療文化(anti-therapeutic-culture)と呼ぼう。ここで気をつけておかなければならないのは、反治療文化は反精神医学(anti-psychiatry)とは異なる運動である、ということだ。反治療文化は反‐治療文化であって反治療‐文化ではない。反治療文化はけっして医療行為それ自体を否定するものではなく、当人が望む限りにおいて「自分自身で選択した処置」を受けることにまったく干渉しない。反治療文化が批判するのは、選択肢の隠蔽および抑圧である。

 

 信念の耐久性を調べるためのもっともよい方法は、境界事例をいくつも代入することだ。極端な例や現実には起こりそうもない例などの境界事例を挙げると、必ずと言ってよいほど「問いのレベルの適切さ」や「程度問題」などの概念を持ち出して批判する者が出てくる。だが、そのようなアイマイな概念は、結局は面倒な問いを封殺したい怠慢な人間による作為的な設定でしかなく、信頼に足るものではない。我々はこれからいくらでも過激な思考実験を――それが論理的に可能である(そこで構成される文が有意味である)限りは――許すことにする。可能であるが現実にはありそうもない仮定を棄却するということは、「ありそうなこと」と「ありそうもないこと」を分ける境界線を誰かが引く、ということである。この線引きは線を引いた者の知識、その時代のパラダイム、偶然性、その他様々な要素が混入せざるを得ない。これらの深刻かつ致命的な作為性を完全に除去するためには、そもそもそのような境界線を引かないという道を選ぶしかないのだ。

 実験に移ろう。母体に投与すれば子供に発達障害の症状が現れなくなる治療薬が開発された、という未来を考える。出生前診断の技術は進歩し、自閉症スペクトラム児を確実に見つけることができるようになった、そんな時代のこと。あなたは間もなく母親あるいは父親になろうとしている。ここであなたにはふたつの事実が与えられている。生まれてくる子供は自閉症スペクトラムであること、そして、あなたが望むなら出生前治療薬を飲むことができるということ。ちなみに、薬は高価でまだ多くの人が手にできるような状況ではなく、政府主導の出生前ジェノサイドはまだ実現されていない。つまり、あなたは生まれてくる子供の発達を自由に操作することができる、というわけである。どうするだろうか。心を決めたのであれば、あなたの選択を紙に書いてみた後、この実験の「治療薬」を「中絶」に置き換え、「自閉症スペクトラム」と書かれた部分を「生物学的メス」や「ホモセクシュアル」など他の弱者属性に置き換えて再度考えてみてほしい。

 

 

 さて、次の話題に移ろう。少し前、百万遍交差点で関西クィア映画祭なるイベントを宣伝する立て看板を見た私は、とてつもない絶望感に襲われた。そこに書かれていた謳い文句は、「タイヘン×ヘンタイ」、そして「セックス! セックス! セックス! 特集」というものであった。さらに恐ろしい事実を挙げておこう。関西クィア映画祭の公式サイトには「ことばの説明」なるページがある(http://kansai-qff.org/2017/kotoba.html)。そこでは「異性愛中心主義」、「トランスジェンダー」、「シスジェンダー」、「フェミニズム」といった語の解説がなされている。しかし、このページ内のどこを探しても、「エイセクシュアル」という文字列が見当たらないのだ。「ノンセクシュアル」もどこにもない。たしかに私はこの目ではっきりと「テーマは『性』」と書いてある看板を視認したはずなのだが、あれは見間違いだったのだろうか。

 これはけっして重箱の隅をつつくような細かいクレームではない。「クィア○○」を名乗るのであれば、無数にあるそれぞれ違ったセクシュアリティすべてを網羅しておくという非現実的な配慮までは求めないにしても、特定のセクシュアリティを完全に排除するような活動は御法度であろう(そもそもエイセクシュアルはホモセクシュアルヘテロセクシュアルバイセクシュアルと並ぶ一般的な分類だ)。「タイヘン×ヘンタイ」と「セックス! セックス! セックス! 特集」はどちらも明確なエイセクシュアル・ノンセクシュアル排除である。異性愛中心主義に抵抗するマイノリティ団体が性愛中心主義を前面に押し出しているという転倒は、いかにして正当化されるのか。

 

 エイセクシュアルはLGBTのような積極的迫害を受けているわけではなく、セクシュアリティに起因する苦痛の大きさを考慮するとなるべく多くのLGBTに呼びかけることのほうがエイセクシュアルへの配慮よりも優先される。この正当化は功利主義的にはうまくいきそうである。苦痛の大小が比較可能であるならば、なにか測定法が存在しなければならない。どのようなものを採用すればよいのだろうか。

 苦痛を脳の生物学的な反応の大きさによって計測するとしよう。その場合、脳の苦痛を感じる部位を――フォアグラを作るときのように――器質的に破壊してしまえば、苦痛指数は低く評価される。であれば、少数者に外科手術を施し続ければ、社会構造を一切変革することなしにマイノリティに関するあらゆる困難が解消される! 我々は社会学的諸問題の多くを一気に解消する画期的手法を発明した、というわけである。しかしそれでは納得してもらえまい。ありそうな批判は、外科手術によって実現される状態は人間本来の自然な状態とは見做せない、そんなものはルール違反である、というものである。だが、我々は現に飲酒や喫煙等で脳の状態を調整することによって苦痛を和らげるという行為を日常的に行っている。病院では麻酔を使用し、健康のためにサプリメントを摂取する。美容整形が深刻な道徳的問題を孕むと考えられるような時代は(少なくとも筆者の観測範囲では)すでに終わっている。我々の日常生活の延長線上に――スピリチュアルな抵抗感の壁一枚を隔てて――脳の外科手術という経済的な解決法が存在する。その上、この方法であれば(術後はもはや苦痛を感じなくなるので)本人にアイデンティティの喪失という負担をかけることなく問題が消し去られる。もっと慎重に、手術を出産直後に行ってしまえば、もはや本人が自己の特性を改変されたと気づくことはできない。その特性を起因とする苦痛に苦しむあらゆるマイノリティはジェノサイドされる。これもやはり優生学に行きつく。性質ごとの苦痛量の比較ではなく、苦痛を感じる人数の比較をすればよいのではないか。エイセクシュアルと性愛中心主義者であれば、後者のほうが圧倒的に多い。だから幸福の総量を上げるためにはときにエイセクシュアルを無視することも必要である。しかし、それはあらゆるマイノリティが闘ってきた敵そのものである。

 それはたんに自分自身と友人が生きていくための運動だ、と言うのならばよいだろう。だが、もしもその活動になんらかの大義があると思っているのならば、一度よく考えてみたほうがいい。

 

 

 整理しよう。我々は弱者支援における二つのドグマを確認した。ひとつは、ある「正常」という基準が存在して、支援対象者はそこから外れた人々だ、というもの。ここから、治療文化に見られるような善意のジェノサイドが発生する。もうひとつは、ある弱者を支援するために他の弱者が排除されることはやむを得ない、というもの。それはあらゆるマイノリティが闘ってきた社会構造の再生産でしかない。

 この二つのドグマを自覚することなしに行われる弱者支援がそう遠くない未来に悲劇的な結果を生むことは想像に難くない。(マイノリティ特性が消し去られた未来を悲劇と感じるような人間は、そのときにはもういない!)

 いささか雑なまとめになってしまったが、問題提起としては充分な内容が確保できたと思われる。読者諸氏によってさらに発展的な議論が行われることを期待して、ここで本稿を終えよう。

*1:これらの概念は岡田有司「発達障害生徒における学校不適応の理解と対応―特性論,適合論,構築論の視点から」(2015) から借用している。

『問題のある子』執筆者募集

 2018年1月21日(日)の第二回文学フリマ京都での頒布を目標に、青本舎からインターネット大倫理文学第2巻『問題のある子』を発行します。印刷まであまり期間はありませんが(本当に申し訳ない)、なにか載せたいという方はご連絡ください。小説、詩、短歌、イラスト、漫画、学術論文、批評、なんでもOKですが、ある程度のページ数を確保できるものであると嬉しいです。また、可能であればタイトルに合わせて「学校的なもの」「学級崩壊」などの要素を入れていただけるとありがたいです。既に知っている人、過去に同じ誌に参加した人、顔見知りなどを想定していますが、僕の知らない人で載せたいものがある場合はご相談ください。2018年にはインターネット大倫理文学第3巻の発行も予定しておりますので、決定稿が今年中に上がらなかった場合はそちらへの掲載となりますことをご了承ください。

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※表紙は仮のものなので変更するかもしれません

絵画は融解する――展覧会「おまーじゅじゅじゅ!お前と12人のSUMMER」レポート

 そこにはオマージュがあった。そしてオマージュでないものがあった。それらの境界――あるいは境界などはじめからなかったのかもしれない――は溶け合い、互いの領域を侵犯し、目の前にはただ、裸の絵画がいくつもいくつも立ち現れていた。そして立ち現れていなかった。僕たちは通天閣のふもとに展示されているそれら、また同時に、展示されていないすべてに向き合いながら、同じ時間/空間を(非)共有していた。

 2017年8月31日から9月3日までの4日間、大阪新世界のギャラリー1616にてグループ展「おまーじゅじゅじゅ!お前と12人のSUMMER」が開かれた。出展作家は題の通り12人。主催は妹(犬飼のりを)の高校時代の先輩であるきゃらあい氏と庄司理子氏であり、その縁で何度か彼女らの展示に訪れていた僕は今回の展示に出展者として誘われた。高校・大学と美術部に所属していたため、不特定多数に作品を公開する経験はしていたが、個人としての出展はこれが初めてである。

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[図1]「おまーじゅじゅじゅ!」のDM

 

 出展作家12人は以下の通り。リンク先はツイッターアカウント。

きゃらあい

庄司理子

さめほし

・犬飼のりを

むくむくしたけもの

ツヅキエイミ

成田拓弘

前田朝帆

・羽鹿守

原 康浩

杉原仁

複素 数太郎

 大阪以外からの参加者が多く、会期中にお会いできなかった方も何人かいたが、図々しくも搬入から搬出までずっと居座ったために大半の出展者と話すことができた(だから来場者のほとんどは僕の姿を見たはずだ)。彼ら/彼女らは全員まったく異なる作風・バックグラウンドを持ち、「おまーじゅじゅじゅ!」で初めてその存在を知った表現方法(原氏のシンナードローイング等)もあった。

 「おまーじゅじゅじゅ!」のテーマはもちろん「オマージュ」である。各々がオマージュ作品をひとつ(と普段どおりに制作した作品をいくつか)出展する。オマージュ作品のキャプションにはエクスクラメーションマークのスタンプが押されているが、オマージュ元の作品は記載されていない。基本的には来場者が主催者あるいは作家本人に聞いたときのみ、それは明かされる。作品内に元ネタが書き込まれているもの、音楽好きの人間ならわかるもの、美術に明るい人間ならわかるもの、マニアックすぎて誰にもわからないもの、様々なオマージュ作品が持ち込まれた。僕の作品はビートルズのRevolver風に主催2人と妹の作風を真似たキャラクターを配置するものだった。ここには「いつまでもオマージュする側でいられると思うな」というメッセージが込められている。軽い気持ちでネタかつメタ(そしてベタ)な要素を組み入れた、決して優れたクオリティであるとは言えないようなこの絵に、じつはこの展覧会の“意義”がうまく反映されていたのではないか、と会期終了後にふと思った。

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[図2]"Bad Day Sunshine"(複素 数太郎)

 

 多くの作家は固有の作風を持つ。イラストレーター然り、ミュージシャン然り、そのアーティスト固有の作風に何かを感じることによって、鑑賞者は無数の作品の中から特定の作品を選好する。「おまーじゅじゅじゅ!」出展作家の中では特にきゃらあい氏、庄司理子氏、さめほし氏、むくけも氏がその作風に極めて強い固有性を持つと言えるだろう(リンク先で各々の作品を見ることができる)。

 ここでひとつ思考実験をしてみよう。あるアーティストが自分にかんする記憶を完全に失ってしまった。芸術というものはある程度までは身体で覚えるものである。突然なにも作れなくなる、という状態にはならないかもしれない。しかし、彼はそれまでと同じような作風を維持することができるだろうか。直観的にはかなり難しいことのように思われる。我々は作品を制作するとき、それまでの反省や成功体験に基づいて手を動かしていくはずだ。いくら技巧的なこと、思想的なことを意識の外に出そうとしても、完全に過去の影響を受けずになにかを作り上げることはできない。加えて、おそらく誰しも過去に制作した自分の作品を頭の片隅、あるいは中心に思い浮かべながら作業を進めていくのではないだろうか。だからこそ、作風は作風たり得るのではないか。

 およそなにかを表現するとき人は過去の自分自身の作品と向き合い、それを参考の対象または打倒すべきものとしていずれかの意味で“尊重”しなければならない。ここで行われていることは、本質的には自分自身へのオマージュであると言えよう。エクスクラメーションマークのスタンプはすべてのキャプションに押されているのである。すべてのアーティストは「オマージュされること」から決して逃げられない、というのがこの記事における僕の立場だ。会期中には在廊作家がお互いのオマージュ作品を制作したり、それらをそのまま物販コーナーで販売したりしていた。あの日のギャラリー1616ではあらゆる境界が融解していた。途中から元々の出展者ではない13人目(木岡氏)の作品さえ展示された。

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[図3]きゃらあい・庄司理子・犬飼のりを・複素 数太郎のドローイング合作

 

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[図4]「おまーじゅじゅじゅ!」のオマージュ(複素 数太郎)

 

 ここまで考えたところで、改めて出展作品たちの姿を想起した僕は驚いた。さめほし氏と氏の作品は、まさに「融解」したものであった(リンク先で「おまーじゅじゅじゅ!」展示作品を見ることができる)。オマージュとオマージュでないものの境界が溶け合っている今回の展にぴったりだ。

 さめほし氏は3枚の融解した女の子の絵を展示していた。そのうちの1枚は、複雑に変形して顔すらわからなくなっている。個人的にはこれが「おまーじゅじゅじゅ!」で最も好きな作品だ。原氏はNational Geographic誌をシンナーで部分的に溶かしたものを展示していた。オリジナルの挿絵や文章とそれらが溶かされた部分が混在し、よく観察してみるとその溶かしかたも様々に工夫されており、既製品である雑誌とその偶然的な棄損とそれらに注ぎ込まれた意図的な効果それぞれの境界はすべて曖昧になっていた。ついでに書き記しておくと、僕が最終日のみ物販に追加した「どろどろガールポストカード」はまったく意図せず「女の子のキャラクターが徐々に融解していく様子」を描いたものとなった。

 

 会期中、至る所で絵画は融解していた。原理的にも、象徴的にも、現実的にも。原理的にはオマージュとオマージュでないものの境界の融解/結合である。象徴的には「おまーじゅじゅじゅ!」のコンセプトの融解/拡張である。現実的にはいくつかの作品群の融解/溶解である。

 ――絵画は融解する。これは鑑賞者としての僕が「おまーじゅじゅじゅ!」から読み取ったメッセージだ。もしかすると、他の出展者にとってそれはひどく的外れなものなのかもしれない。しかし、それでいい。この記事を書いている僕はあくまでも鑑賞者であり、いつだって鑑賞者は常にひどく的外れかもしれないメッセージを受け取り続けるものなのだから。

展覧会「おまーじゅじゅじゅ」及び第五回文学フリマ大阪にて『グッバイグーグルアイ』販売

 8月31日(木)~9月3日(日)に新世界のギャラリー1616で開催される展覧会「おまーじゅじゅじゅ!お前と12人のSUMMER」にて、文芸サークル青本舎から発行される記念すべき1冊目『グッバイグーグルアイ』を物販コーナーに置く予定です。こちらは印刷の状況などにより変更となる場合があります。僕の絵も2枚展示されるのでぜひ寄ってってください。

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 また、9月18日(月)の第五回文学フリマ大阪青本舎ブース(D-53)でも『グッバイグーグルアイ』を頒布します。その他にもサークルクラッシュ同好会会誌Vol.5.5なども委託販売します。

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 本誌の奥付には「インターネット大倫理文学 第1巻」と書かれています。当然、第2巻も第3巻も発行します。第2巻は2018年1月21日(日)に開催される第二回文学フリマ京都でのお披露目を目標として制作中です。もうしばらくお待ちください。

 

グッバイグーグルアイ コンテンツ一覧

小説

・国境線上の男 複素 数太郎(@Fukuso_Sutaro)

・光の空降るエンドロール 四流色夜空(@yorui_yozora)

短歌

・飛縁魔 寺村たこ(@tacolinus2)

・アングラ・ピープル・サマー・ホリデイ かみしの(@KamisinOkkk)

・静かな生活 リスカちゃん(@honenoumi)

mind map

夢日記 宇田川(@ijafad)

 

表紙 複素 数太郎

裏表紙 しずまうに(@CZ6Au2)

「ポール・ド・マン論争」論争にかんするメモ

 発端は借金玉(@syakkin_dama)氏の以下のツイートである。

好きなデリダですが、ポール・ド・マンが昔コソっとナチってたのが死後バレてシバいていく方針になったときに「よく読めよ!どうみたってこれはナチに反対するアレだろ!読めよ!」ってキレて「おまえの理屈で考えてそれ無理筋だろ」って怒られたデリダです。

 

「まー、長い人生ナチってしまうこともあるよ。それはともかくあいつええもん書いてるだろ」くらいの穏当な反論をすればよかったんだけど、「あれはそういう意味じゃないんだ!」っていったので、ここぞとばかりにシバかれた。何せ、発話の意味を一意に定義するってのはデリダの思想とは相性悪い。

 「デリダがそんなこと言うか?」と思ったのと、以前高橋哲哉デリダ』でまったく違う解説を見た記憶があったのとが僕のソーカル魂を呼び起こしたので検証することにした。デリダポール・ド・マン論争に言及したテクストは J. Derrida, Like the Sound of the Sea Deep within a Shell: Paul de Man's War, Critical Inquiry, Vol.14, No.3, (1988), 590-652. くらいしか知らないので、こいつを読めばいいのだと思う。申し訳ないがフランス語は苦手*1なので Peggy Kamuf 訳を参照することを許してほしい。この記事で挙げられるテクストはすべて和訳あるいは英訳のみの確認にとどまっている。

 まず、高橋哲哉氏の解説を見ておこう。少し長いが、引用する。注は引用者によるもの。

ポール・ド・マン論争は、同年*2一二月、今度はアメリカではじまった。脱構築批評の第一人者ポール・ド・マンが、一九四一年から四二年にかけて、ナチス・ドイツ占領下のベルギーで親ナチの新聞に寄稿していたこと、記事の一つ*3は明らかに反ユダヤ主義的主張を盛っていることが、ベルギー人研究者の調査で判明し、『ニューヨーク・タイムズ』の一面記事で報道されたのである。ド・マンはすでに八三年に死去し、デリダはやがて『記憶=回想――ポール・ド・マンのために』(一九八八)に収められることになる追悼講演や講義をしていた。「アンチ脱構築の役人たち」にとっては、千載一遇のチャンス到来である。ハイデガーのケースと同じく、「下手人」の亡霊を悪魔祓いしようとする攻撃が開始され、若きド・マンのナチ協力と渡米後の沈黙が、脱構築の倫理的不健全さと政治的いかがわしさの疑う余地なき証拠とされた。ナチ=ド・マン=デリダの連想の成立である。これに対してデリダは、覇権下でのヨーロッパ新秩序、フラマン・ナショナリズムといった全体主義的諸要素も広範に見られることを基本的に承認し、「苦痛に満ちた驚き」を味わったとしながらも、ド・マンのテクストはけっして単純に等質的ではなく、そこには右*4の諸要素をみずから裏切るような諸契機も同様に存在する、と主張する。そして、その後のド・マンが完全に手を切った二〇歳台はじめの過ちを理由に、ド・マンの業績全体と脱構築をも葬り去ろうとすることは断じて容認できない、と応じたのである。

 ド・マンの記事を読んでいないのであまり踏み込んだことは言えないが、しかしこれが本当ならデリダの主張としてまったく違和感なく読むことができる。なんらかのルートでデリダに触れたことのある方々は「(少なくとも形式的には)一定の譲歩をしつつも、そこにはべつの可能性がつねにつきまとうということを示す」というやり方を何度か見た覚えがあるだろう。デリダは自分の哲学的手法の厄介さを自覚していた。その態度は例えば彼の著作 Histoire du mensonge: Prolégomènes の終盤などでうかがい知ることができる。だからデリダが先のツイートのような形で雑に自分の言説に絡めとられるという状況があまり想像できないのだ。

 借金玉氏が根拠としているテクストはエヴァンズの In Defence of History である。エヴァンズによる論争の紹介はまだ確認していない*5が、塩川伸明氏のサイト*6にまとめられているようなので、ここを参照してほしい。

 

 さて、デリダが「よく読めよ!どうみたってこれはナチに反対するアレだろ!読めよ!」と言ったのかを見てみよう。当該誌のp.600及びp.601から引用する。

 My feelings were first of all that of a wound, a stupor, and a sadness that I want neither to dissimulate nor exhibit. They have not altogether gone away since, even if they are joined now by others, which I will talk about as well. To begin, a few words about what I thought I was able to identify at first glance but a glance that right away gave me to see, as one should always suspect, that a single glance will never suffice―nor even a brief series of glances.

 ド・マンの“反ユダヤ的”記事を読み、デリダは深く傷ついたという。そして、その気持ちは今でも完全には去っていない。ド・マンの記事に悪い部分があることを認めたという点では高橋氏の説明と一致する。しかしここでデリダは「怪しむべき」と留保しているから、早まらずに注意して読み進めなければならない。なぜ傷ついたのか。彼は3つの理由を挙げる。

 A painful surprise, yes, of course, for three reasons at least: (1) some of these articles or certain phrases in them seemed to manifest, in a certain way, an alliance with what has always been for me the very worst; (2) for almost twenty years, I had never had the least reason to suspect my friend could be the author of such articles (I will come back again to this fact); (3) I had read, a short while earlier, the only text that was accessible to me up until then and that was written and signed by Paul de Man in Belgium during the war. Thomas Keenan, a young researcher and a friend from Yale who was preparing, among other things, a bibliography of de Man, had in fact communicated to me, as soon as he had found it in Belgium, the table of contents and the editorial of an issue from the fourth volume of a Brussels journal in which de Man had published his first writings. He had been a member of the editorial committee, then director of this journal, Les Cahiers du Libre Examen, Revue du cercle d'étude de l'Université Libre de Bruxelles, founded in 1937. Now, what did this editorial say in February 1940, at the point at which de Man had just taken over the editorship, in the middle of the war but right before the defeat? Without equivocation, it took sides against Germany and for democracy, for "the victory of the democracies" in a war defined as a "struggle ... against barbarity." This journal, moreover, had always presented itself as "democratic, anticlerical, antidogmatic, and antifascist." Here then are three reasons to be surprised by the texts dating from the following year and that I discovered with consternation.

 ひとつ目の理由。この記事にはいつもデリダにとって最悪だったものとの同盟関係が現れているらしいこと。すなわち全体主義である。ふたつめの理由。デリダはド・マンがこのような記事を書くなどと疑ったこともないこと。そして、ド・マンが問題の記事を書くほんの少し前に「民主主義に賛成する」テクストを発表していたこと。

 But I said that right away I had to complicate and differentiate things, as I will have to do regularly. My surprise did not come all at once. Even as I reassured myself ("good, during his Belgian youth that I know nothing about, Paul was, in any case, on the 'right side' during the war!"), what I had quickly read of this editorial left me with an uneasy feeling and an aftertaste. In passing, but in a clearly thematic fashion, I was able to identify their source. And here we approach the heart of the problems we have to talk about. They are not only Paul de Man's problems, but those of the equivocal structure of all the politico-philosophical discourses at play in this story, the discourses from all sides. Today, yesterday, and tomorrow―let the dispensers of justice not forget that!

 right side は「正しい側」と「右側」をかけた言葉遊びだ。デリダはド・マンの記事から自らが読み取ったものに不安を感じた。彼は不安の出所が「我々が話題にしなければならない諸問題」であることを突き止めたという。その諸問題はド・マンだけではなく、この物語のなかを浮遊しているすべての政治的、そして哲学的論説――あらゆる側からの論説――の両(複)義的な構造の問題である。

 以降、デリダはド・マンのテクストから「上の諸要素をみずから裏切るような諸契機」を抽出していく。ここで問題となるのは、借金玉氏が言うようにデリダがド・マンの記事の「意味を一意に定義」しているか否かである。ド・マンの記事を読んでデリダが感じた気持ちが「今でも完全には去っていない」こと、そしてデリダがあくまでも equivocal と表現していることが解答であると言ってしまっても良さそうだが、もう少し本文を拾っておこう。p.631から引用する。

 Through the indelible wound, one must still analyze and seek to understand. Any concession would betray, besides a complacent indulgence and a lack of rigor, an infinitely culpable thoughtlessness with regard to past, present, or future victims of discourses that at least resembled this one. I have said why I am not speaking here as ajudge, witness, prosecutor, or defender in some trial of Paul de Man. One will say: but you are constantly delivering judgments, you are evaluating, you did so just now. Indeed, and therefore I did not say that I would not do so at all. I said that in analyzing, judging, evaluating this or that discourse, this or that effect of these old fragments, I refused to extend these gestures to a general judgment, with no possibility of appeal, of Paul de Man, of the totality of what he was, thought, wrote, taught, and so forth.

 デリダは「ド・マンの裁判において私は判事や証人、検察あるいは弁護人として語っているのではない」という。しかし「お前は絶えず判決を、そして価値判断を下している」と言う者もいるだろう。デリダはこう弁明する。「そのようなことをまったくしないつもりだとは言っていない。こう言ったのだ。この論説やあの論説、これらの過去の断片のこの効果やあの効果、そういったものの分析・判決・価値判断において、ド・マンが存在したり、考えたり、書いたり、教えたり等々の全体によって上訴する可能性がもうないゆえに、私はこうした身ぶりを一般的な判断に拡張することを拒んだ」。彼はド・マンの記事の「意味を一意に定義」することを明確に拒否している。

 

 かくして、僕たちのデリダ裁判はひとつの判決を出した。僕は判事や証人、検察あるいは弁護人として語ることを拒むつもりはない。だが、どのような批判にせよ、すでにデリダが上訴する可能性がもうないゆえに、この態度は――少なくともデリダの目には――誠実さに欠けているように見えるかもしれない。

*1:学部時代唯一単位を落としたのがフランス語である。起床が無理だった。

*2:1987年。この年にはハイデガーとナチズムの関係が問題とされた「ハイデガー論争」も勃発した。両論争において、ハイデガーデリダデリダとド・マンを繋ぐ「脱構築」概念はほとんど言いがかりのような批判を浴びた。

*3:ユダヤ的とされる記事がひとつだけであることはエヴァンズの紹介からもわかる。ただし要検証。

*4:横書きなので、ここでは上。

*5:夏休み中なので大学図書館に寄る機会がない。大阪市内の図書館に一冊存在するらしいので、借り次第追記する。しかし、借金玉氏のエヴァンズと実際のエヴァンズが一致しているかどうかはここではさほど重要でない。

*6:http://www7b.biglobe.ne.jp/~shiokawa/books/deman.htm