ひとなぐりこけし

完全な球体と屋根の上に降り積もる女の子のやわらかい死体

顔で笑って心で泣いとる

ㅤ以前はただただ感傷に浸るために、あるいはカッコいい音楽を聴くために流していたBUMP OF CHICKENを、今は実際に涙を流すために聴いている。飛行機の中で、雲よりも高い場所から、オレンジ色の強い光を視界の端に置いて、学生の頃は平気だったものをこらえきれずに溢れさせてしまう。

 

ㅤ変化が始まったのは大学院に入る少し前くらいだった。つい最近まで「働き始めてから」と思っていたけれど、記憶をよく辿ってみればそれよりも前みたいだ。僕がおかしくなっていったのはそのくらいで、働き始めてからはむしろ元(それがいったいいつのことだったかなんてもうわからないけれども)の自分に戻ってきている。それまで僕は高校や大学の数少ない友達くらいとしか会っていなかった。これくらいの時期から色々な人と会うようになった。困っている人、苦しんでいる人、助けを求めている人、楽しい人、気の合う人、とにかくたくさんの人と会うようになった。その多くが僕とはまったく違う人生を歩んでいた。例えば、彼らと知り合うまで「家庭環境が悪い」ということがどういう状態を表すのか想像することすらできなかった。僕のいた家庭は平和そのものだった。僕は宇宙と数式に興味を持つふつうの虚弱な子供で、両親は読みたい本を好きなだけ買い与えてくれた。友達が少なくても本を読むことができれば幸せだった。小学校・中学校の暴力的な同級生たちは自分とは違う生き物なのだと考えていた。だから小中学校で見た彼らと同じ境遇の人と仲良く喋ることができるなんて考えてもみなかった。

ㅤこの時点でまだ診断は降りていなかったが、おそらく僕はすでにうつ病になっていた。だいたい高校時代あたりからだろう。家庭環境の悪い人々は多くが僕と似たような苦しみを抱えていた。安心感を覚えてしまった。苦しんでいるなら助けたいなんて思ってしまった。僕はそうした。そうしようとした。彼らは僕とはまったく異質の人生を歩んできているので、信頼しても裏切られたり、酷いことをされたりすることもあった。それも仕方のないことだ、悪気があってやっているんじゃない、それだけ大変な目に遭ってきたのだから少しくらいの粗相は許されるべきだ、僕は自分にそう言い聞かせた。頭が少しずつおかしくなっていっているのがわかった。自分の置かれている状況について、深く考えることができなくなっていった。損や得などといったことがどういうことかわからくなっていった。僕は人助けをして、少なくともしているつもりで、いつも笑っていた。

 

ㅤ顔で笑って心で泣いとる。昔、僕のことを好きだと言っていた女がよく呟いていた。僕はここ何年かずっと、いつも顔で笑って心でも笑っていた。心で泣く方法がわからなかった。顔が泣いていても心は笑っていた。涙が止まらないのに、頭の中は「悲しい」という感情に深く入り込むことができていなかった。悲しみを感じるほど深く考える前に、頭が思考を外側へと跳ね返していた。感情の深層まで辿り着くことができなかった。

ㅤつい最近になって、気づくと心が泣いている、ということが起こるようになってきた。そういうときはBUMP OF CHICKENを聴くと顔のほうもちゃんと泣いてくれる。顔で泣いて心で泣いとる。顔で泣くと気持ちが少し落ち着く。社会人になって、今までの人間関係から少し離れたおかげだろう。僕は心で泣くことができるようになった。ちゃんと僕にも「悲しい」という気持ちがあるんだ。少し嬉しかった。少し嬉しかったけれど、少し苦しくもある。心で笑っていれば何もつらくない。本当はつらいのかもしれない。少なくともそのことから目をそらすことはできる。だから、心で泣けることがいいことなのかはいまいちわからない。ただ、今は、泣いているのだから仕方ない。できるのは、イヤフォンを耳に詰めて今夜聴く曲たちを選ぶことだけだ。そうしているうちに朝が来る。朝が来れば、もっと良くなっているはずだ。