文フリレポート

 東京流通センターに向かうモノレールの中で、僕はこれから会うであろうインターネットの人間たちのことを考えていた。人間かどうかも疑わしい連中だ。腕がガチャンと外れてウイーンと銃身を出してくるようなヤバい奴らかもしれない。本当は文学フリーマーケットなんて開催されていなくて、全てはインターネットの人間たちが僕をおびき寄せるために仕組んだ罠だったという可能性もある。大丈夫か、このまま行っていいのか。ああ、どうしよう、護身用に催涙スプレーや刃物などを持ってこなかったのが悔やまれる。なんてことだ、全部終わり、僕は東京で死ぬんだ。


 11時を少し回って適度に統合が失調してきた頃、はるしにゃんからLINEが来ているのに気付いた。12時に到着するからそれまで代わりに売り子をしてくれ、と言うのだ。売り子の経験など全く無く、非常に焦った。今モノレールに乗っているのだって偶然で、目的の本が売り切れるまでに着いたらいいやと思って適当に、所要時間などはあまり調べずに電車に乗り込んでいた。モノレールは11時14分に到着した。不安はあったが断る理由も無いので、僕の寄稿した小説「ソイネックスの降った街」が掲載されている同人誌『SOINEX』の委託先ブース(2階)に急いで向かう。鈴木真吾氏が1人で準備をしているところに合流し、未開封の段ボールから取り出したSOINEXを陳列、パイプ椅子に座り、販売を開始した。途中鈴木氏が煙草を吸いに行ったりした時などは僕一人でブースを担当する形になり、また統合が失調しそうになった。難易度が高い。
 12時過ぎにはるしにゃんが到着した。人手が足りそうな様子だったため、他のブースを回ることにした。僕は現実においてはもちろん、インターネットにおいても友達があまりいない。何を買えばいいのか全くわからない。タイムラインをザッと眺めたところセロトニン工場の『点在』という本が目に付いた。処女ちゃんの小説が載っているらしいのでとりあえずこれを買うことにした。ブース(1階)を見たところフォロー/フォロワー外の人、ブロックしていた人(念のため東京に来る前に解除しておいた)など、会話し辛い人たちしかいない様子だった。僕は彼らとあまり目を合わせないようにして急いで点在を購入した。インターネットというものは本当に難しい。ここは確かに現実の空間だが、同時にインターネットでもあるのだ。
 タイムラインを眺めては流れてきた本を買いに行くというのを繰り返していると、遅刻していたらしい処女ちゃんの「会場に着いた」というツイートが流れてきた。再度セロトニン工場のブースを訪れると、ドシンドシンという重低音と共に僕の名を呼ぶ女の声がした。突然目の前にデカい女が出現して処女ちゃんと名乗った。敷き布団にしたら良さそうな感じだった。複素数太郎とデートすると言い始めたので適当に敷き布団に付いて行くことにした。2階を回っている時に「お前がメンヘラだと言っている女の子をメンヘラにしたのはお前だ」という主旨のことを言われたが、その通りだと思う。1階に降りてデブちゃんが飲み物を買おうとしたので「あっちにヨーグリーナを売っている自販機がある」と教えたら大喜びで断層を発生させながらドスドスと買いに行った。
 デブ布団ちゃんと一通り会場を回って解散した直後、能登だでぃ子が文フリに来た。だでぃ子を探して2階エスカレータ前を多動していると、オシャレにキメて来た彼が僕に接近しながら話しかけてきた。接近しながら言葉を発する人間に即座に反応するだけの能力が無かったから3秒ほど固まってしまった。だでぃ子と会場を多動しつつ「インターネットをやって良いことなんて何も無い」という話をし、だいたいのブースを見終わった頃に「これからどうします?」「エーッ、何も決めてません、決定能力が無い」というやり取り(この後同じ流れが何度も繰り返される)をしてまたグルグルと多動した。だでぃ子はツイッターと違ってちゃんとした人間なんだなあと思っていたが、別れた後「複素数太郎が机を蹴って脅してきた」とツイートしていたので、やはりだでぃ子はだでぃ子である。
 点在が売り切れたと聞き、もう一度セロトニン工場のブースに行くことにした。敷きデブに話しかけるとまた複素数太郎とデートに行くと言うので付いて行った。少し歩いてからホール外のパイプ椅子で休憩した。速水ヤミが到着したとの情報が入り、会いに向かうことにした。速水ヤミはすぐに見つかったがどう声をかければ良いのかわからず、しばらくはただ追跡することしかできなかった。30分くらい悩んで、意を決して2人で突撃した。速水ヤミもまたオシャレで、こちらがABCマートの靴にGAPのズボン、ドギツい青と黄色のローリングストーンズTシャツの上からエスニックなサイケYシャツを着用して来たことが急に恥ずかしくなってきた。下品な大阪人っぽい。下品な大阪人だからこれで正解なんだろうけど。
 10分ほど3人で健全な話をした後、解散しはるしにゃんのところへ戻った。焼肉を食おうという話になった。1階で『Flippant Segment』を頒布していた夜空さんを誘い、5人で焼肉を食べに行った。はるしにゃんが何度も「お前の数学パワーで……」と雑な振りをしてきて困った。途中の駅で彼が「お笑い芸人になりたい」と述べていたのを思い出しながら「複素数太郎のために一発芸を考えた」と言ってよくわからない動きをして「フクソヘイメンーッ」と言うのを見たりしたが、なかなか辛い。
 
 購入した十数冊の本でズッシリと重くなったリュックを背負い、焼肉屋を出て、総武線に乗って宿泊先に帰った。翌日の午前中にスカイツリー周辺をウロウロしたが、17:30から18:00入場の整理券が配られていたので登るのは諦めた。新大阪へと向かう新幹線は16:10に発車する。大量の人間が巨大な鉄の塔に吸い込まれていく様子に現実感は全く無く、東京ではSOINEX NIGHTと文フリだけがリアリティを帯びて僕の記憶の一部に組み込まれた。
 
 そろそろここを出なければ新幹線に間に合わない。大阪に帰るか。